2017年10月4日

カタルーニャはなぜ独立したいのか?クレヨンしんちゃんが旗を掲げる「独立のシンボル」になった理由

世界的に知名度のあるサッカークラブ「FCバルセロナ」が本拠を置くことでも知られているスペイン・バルセロナ。

そのバルセロナを州都としているカタルーニャ州で、1日、州の独立のための住民投票が実施されました。

スペイン中央政府の動きにより、strong>カタルーニャ独立を問う投票所では、住民らと警官隊が衝突するなど混乱も見せ始めたカタルーニャ独立運動

そのカタルーニャ独立のシンボルとして、日本のアニメ「クレヨンしんちゃん」の主人公・しんのすけがマスコットキャラクターとなっているそうです。

カタルーニャはなぜ独立したいのか?

なぜカタルーニャの独立運動で、クレヨンしんちゃんがシンボルとなったのか?

スペイン・カタルーニャで起きた独立運動理由と、カタルーニャ独立に揺れるスペインで旗を掲げたクレヨンしんちゃんについて読み解いていきます。

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10月27日最新情報:ついにカタルーニャ州議会が独立宣言、中央政府との対立が決定的なものになりました。

スペイン・カタルーニャ州で起こった独立運動


(動画引用・出典:Youtube – https://goo.gl/ak7HCr)

10月1日、スペイン・バルセロナに州都を置く「カタルーニャ州」で、州の独立を問うための住民投票が実施されました。

カタルーニャ州は、スペイン北東部の地中海側に位置する自治州の1つで、海洋交通の要衝として古代より栄えていたという歴史背景から、独自の歴史、伝統と習慣、そして言語を持っていることで知られています。

15世紀の中世には「アラゴン・カタルーニャ王国」として地中海の覇権を握り、カタルーニャに住む人々は「カタルーニャ」としての民族意識を持っている、と言われています。

1714年に起きたスペイン継承戦争における最後の戦い「バルセロナ包囲戦」を経て、1979年にはスペイン国家における自治州としての地位を得ているカタルーニャでしたが、2010年代ごろからカタルーニャ独立運動が盛んになっており、今回の独立運動も、カタルーニャの人々が「自分たちはカタルーニャ人である」という固有の民族意識を持っていることからきています。

スペイン中央政府側では、カタルーニャで行われた独立を問うための投票を、断固阻止する、といったスタンスを見せており、すでに投票所周辺で、近隣住民と警官隊がもみ合うシーンが見られ混乱の様相を呈しています。

10月1日の日本時間午後4時頃、州内に設置された各地の投票所で開始したカタルーニャ州の住民投票。

スペイン中央政府側では、今回の住民投票を憲法違反だとして、投票を阻止するために多くの警官隊をカタルーニャへと動員しています。

なぜ?クレヨンしんちゃんがシンボルに?

遠く地中海・スペインで起きた民族独立運動であるカタルーニャの独立運動でしたが、思わぬところで日本人になじみ深いキャラクターが登場して注目を集めています。

カタルーニャ独立のため、その旗印を掲げて立ち上がったのが、日本の児童向けアニメ・漫画としても知られる「クレヨンしんちゃん」の主人公・しんのすけ。

日本の、それも民族独立のための闘いとは無縁の児童向けキャラクターが、いまや「カタルーニャ独立のシンボル」として扱われている事態に、なぜクレヨンしんちゃんがカタルーニャ独立のシンボルになったのか?という声が挙がっています。

クレヨンしんちゃんはカタルーニャでなぜ独立のシンボルになったのか?

それは、「クレヨンしんちゃん」が、スペインで共通語となる「スペイン語(カスティーリャ語)」ではなく、「カタルーニャ語」「バスク語」「ガリシア語」といったスペイン各地の現地語にあわせた5つの言語にローカライズされており、カタルーニャ地方から人気に火が付いたキャラクターであることに起因しています。

クレヨンしんちゃんは、カタルーニャ語でローカライズされていた

スペインでは、各地方言語の復興運動のなかで、若者向け教材として「日本のアニメ」が使用されていました。

今回、カタルーニャ独立運動の旗手となった「クレヨンしんちゃん」も、「カタルーニャ語」「バスク語」「ガリシア語」といった各地方の民族言語でローカライズされており、同地域からその人気に火が付きました。

「クレヨンしんちゃん」のカタルーニャ語翻訳を行ったマルク・ベルナベ氏は、京都外国語大学で日本語を学び、ワールドカップ関連の仕事にも携わる翻訳者。

スペインでカタルーニャ語に翻訳して紹介された「クレヨンしんちゃん」は、カタルーニャでの人気に火が付き、やがてスペイン全土に拡がっていきました。

「クレヨンしんちゃん」の主人公・しんのすけの衣装カラーがカタルーニャのシンボルカラーであることも相まってか、「カタルーニャ語で語り、全土に拡がっていった「クレヨンしんちゃん」に、カタルーニャ独立運動の機運を重ねた」というのが、カタルーニャ独立運動でクレヨンしんちゃんがシンボルとなっている理由なのです。

スペイン・カタルーニャ州が独立したい理由とは?

ヨーロッパの大国であり、先進国でもあるスペインにおいて、高度な自治を獲得してきたカタルーニャ独立の理由は、大きくわけて2つあります。

1つは、民族的マイノリティとしてスペイン国内で抑圧されてきたという歴史がある点です。

アラゴン・カタルーニャ王国に起源をもち、古代地中海の都市としても栄えてきたバルセロナをはじめとした、「歴史的・民族的なバックストーリーを持った地域」であるカタルーニャ地方。

本来、スペインの共通語とされている「スペイン語(カスティーリャ語)」とは異なる、「カタルーニャ語」という言語も持っており、文化的にも、カスティーリャ王国を起源とするスペイン文化そのものとは、異なる由来や歴史背景を持っています。

そうした固有のバックストーリーをもつカタルーニャは、「多元的スペイン」とも呼ばれる統合国家であるスペイン中央政府によって、民族的、言語的、経済的に抑圧されてきました。

もう1つは、スペイン国内におけるカタルーニャの不公平な経済負担です。

バルセロナという、古の昔から栄える大都市を州都に持つカタルーニャは、経済的にも、スペイン中央政府に対して大きな税負担を強いられていました。

一方で、スペイン国内の他の州と比べても、大きい税負担を担っているはずなのに、本来は国主導であるはずの公共事業においてコストカットを命じられるばかりか、インフラ整備においては他の地域と比べても鉄道・高速道路の整備が遅れている、といった状況。

大きな税負担で、経済的に貢献しているはずなのに、その見返りもないばかりか、民族的に排他的な扱いすら受けている。

やがて、カタルーニャの人々の意識は「カタルーニャ独立」という民族意識に辿り着きます。

ラホイ首相の中央集権的なナショナリズム

現在のスペイン国民党政権では、中央集権的な政策を推し進めており、その党首であり、現・スペイン首相でもあるラホイ首相は「自治州はネーションあるいは国家となったこともないし、なることもできない。」と発言して各地のナショナリストの怒りを買いました。

中世の「レコンキスタ」でも知られているように、スペインはその歴史的な背景から、各地方に異なる民族や国家が点在していたエリアでもあり、中世の一時には、イスラム・アラブ・アフリカ系の国家までもが存在していたほど多様な民族背景を持っています。

「1つの民族、1つの国家によって一枚岩で建国された国」というよりは、イタリア半島にかつて存在した都市国家のように、多様な国家と民族が統合されたことで「スペイン」という多元的な国が形成されており、スペインにおける「ナショナリズム」は各地方、各言語にある「古来の民族意識」の元に成り立っていると言えます。

ラホイ首相の先の発言は「スペインそのものこそが、政治的、文化的な唯一のネーション(国家)である」と主張したものなのですが、これが、カタルーニャをはじめとするバスク、ガリシアといった各地方の民族意識を逆なでしていきました。

自治憲章改正で否定されたカタルーニャの「ネーション(ナシオー)」

2005年、スペインの各自治州についての自治憲章を改正するため、カタルーニャが新憲章案を要求する、という動きがありました。

その内容は、カタルーニャを「ネーション(カタルーニャ語で”ナシオー”)」と定義し、行政の各場面における「公的なカタルーニャ語の使用」を優先的なものとし、国の行政機関の特定分野において、自治州政府が直接参加する権利を持つようにする、というもの。

カタルーニャ語を行政でも使用する公用語として認めさせ、言語的にも、行政的にも、そしてスペイン国家における民族意識の上でも、「ネーション(ナシオー)」としてカタルーニャを認めてほしい、という内容です。

2005年のこのカタルーニャの訴えからおこった新憲章案は、スペイン国会審議を経てほぼ全面的に削除されており、「ネーション(ナシオー)」という単語は、法的な拘束力を持たない前文のなかで語られることとなりました。

言語教育でのカタルーニャ語の排除

1983年・98年に制定されている「言語正常化法」「言語政策法」では、初等・中等教育における使用言語として根付いていたカタルーニャ語でしたが、2013年に行われた教育改善のための「ヴェルツ法」という新法改正で、カタルーニャ語を「特殊選択科目」として位置付けるといった動きが見られました。

それまで初等・中等教育の基礎的な科目だった「カタルーニャ語」を排除して、「特殊選択科目」にしてしまったのです。

日本で例えるなら、国語の授業が「選択科目」になり、全科目の言語が「共通言語」である英語に置き換わるようなもの。こうした中央政府の働きかけに対して、カタルーニャでは激しい抵抗運動と抗議が沸き起こります。

一方で、EUや国際的な外交の場において、存在感を増している「スペイン語(カスティーリャ語)」に対して、カタルーニャでは、外国人労働者の流入などから、カタルーニャ州内においても「カタルーニャ語」以外の言語を話す人々が増えているといった社会的な変化もありました。

こうした背景から、カタルーニャでは「カタルーニャ語が失われてしまう」という危機感にも似た民族意識が強まっていったと言われています。

(次のページ:カタルーニャ独立の理由には経済的な要因も)

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