2016年12月11日

幸せになりたい…幸せになるための方法は?哲学、統計、医学による「幸せ」

幸せになりたい」。

世の中の多くの人間が描き、思い悩む「幸せ」という悩み。

人間は、どうしたら幸せになれるのか?

幸せになりたい幸せになるための方法は?…過去に何百、何千と繰り返されたこの命題に答えはあるのでしょうか?

幸せになりたい

幸せになりたい」。

おそらく人間がまだ言語を持つその以前に、ぼんやりとそう考えた人類がいたのかもしれません。

記録に残る人類の歴史の中で、「幸せになりたい」という悩みが、最初に深く深く考えられたのは、ギリシャ哲学の時代です。

哲学による「幸せ」

人間が行う活動の目的には、幸福がある。
そして、「善きもの」「善きことがら」を追求するためには、正しい行動が重要である。しかし、より善く生きることは、より複雑な行為である。
(引用・出典:Wikipedia ニコマコス倫理学 – https://goo.gl/zQBbIw)

ギリシャ時代の哲学者であり、西洋最大の哲学者とも言われるアリストテレスは、「良く生き、良く行為すること」が「幸福」と同じ意味であるとしています。ギリシャ哲学においては、アリストテレスが唱えた幸福論から始まって、幸福主義、快楽主義、禁欲主義など、幸せをめぐる様々な考え方が生まれました。そうしたギリシャ哲学者が考え抜いた「幸せになるための方法」は、大きく分けて3つのポイントに語られています。

  • 有用さ  (一定の水準に達する金銭やステータスを持つこと)
  • 快楽   (自分が快いと思うように行動すること)
  • 徳と理性 (正しい行動をとり、善きことがらを追求し、より善く生きること)

彼は自身の幸福論の中で、幸せには、一定の水準に達する金銭やステータスが必要にもなること、その上で、自分が正しく、快いと思うように行動すること、そして、善きことがらを追求し、より善く生きる徳と理性を追求することで「善く生きること」そのものが幸福をもたらし、幸福な状態を保つために求められることであるとしています。

ギリシャ哲学のなかでは、「快楽(自分が快いと思うように行動すること)」を良しとする考えと、「快楽は一時的に満たされるものでしかない」とする考えがあり賛否両論ですが、ギリシャ哲学の時代においても「幸せ」は、当人の生き方にある、ということが考えられていたことがわかります。

では、「幸せになるための生き方」、「幸せになるための方法」とは一体どういったものなのでしょうか?

「幸せになるための方法」に共通する6つのポイント

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現代の世の中でも「幸せ」を求めて夜な夜なインターネットの窓から星空を眺める迷える子羊が多く存在し、幸せとは何なのか?どうしたら幸せになれるのか?幸せになる方法とは?といった悩みに考えを巡らせます。

果たして、世の中に「幸せになるための方法」という投げかけに対して、満足できるたった1つの答えを持つ人間が一体何人いるのでしょう?

しかし多くの場合、彼らが現代社会において我思い、ゆえに綴る、幸せになる方法には、いくつかの共通点を見ることができます。

他人と比べない。幸せは自分の在り方や考え方の問題である

世の中に最も多い、幸せになる方法の1つが「他人と比較することをやめる」ということです。

おそらく、あらゆる幸せになる方法を語るうえで必ずといっていいほど、他人と比較することの無意味さを説く項目がでてくるはずです。他人と比較しない、他人と比べない、誰かと比較することをやめれば幸せになれる、他人の目を気にすることをやめる・・・。他人と自分を比べて今の境遇を嘆くことそのものには、何の生産性もありません。

世の中には、「自分には学がない。」「お金さえあれば…」といったコンプレックスをバネにして大出世を遂げる人物もいます。そうした人物を見ていると、「他人と比べることで力を得る人もいる」ように思いがちですが、得てして「コンプレックス」によって力を得た人物を見ていると、そのコンプレックスを見事に克服してみせる人物と、成功しても永遠とコンプレックスを持ち続ける人物の2種類がいることに気がつくことがないでしょうか?

「上には上がいる」という言葉があるように、「自分よりも良い(と思える)人物や何かに対して、漠然とした憧れを持ち続ける」ということは「(例えそれを達成することができても)いつまで経っても、満たされない」状態であることを意味します。たとえば「お金が欲しい」というシンプルな願いに対して、1人の人間が本当の意味でその頂点に立つにはどれほどのお金が必要になるのでしょうか?

世界の長者番付において、2年連続で一位を獲得した、メキシコの大手通信業者テルメックス会長カルロス・スリム・ヘル氏の総資産は、6兆7890億円と言われているので、現在の世界で「他人よりもお金が欲しい」という望みを持つのであれば、その望み自体が本当の意味で満たされる時がくるのは、このカルロス・スリム・ヘル氏の6兆円を超える資産を得た瞬間のみということになってしまいます。2016年の日本人の平均収入と言われる年収400万円で換算すれば、1697万年分にあたるため、例えば自分が世界で一握りの天才であったとしても、この望みをシンプルに満たすことは、たった一人を除いては、全ての人間において難しい、不可能なことになります。

「他人と比較する」ということは「常に満たされない」ということにつながりやすく、例えばそれが、何かの頂点ではなく「大体の人たちよりも」で満足したとして、その「幸せ」は常に「自分は誰々よりも、こうである」という状態に基づく仮の状態ということになります。追いつき、追い越せで、その状態が変化する、あるいは周囲の環境が変化することによって、脆くも崩れてしまう幸せでもあります。

人と比べる、比較する、ということは、時に人間の成長や人生に変化をもたらすための重要なパワーになることはありますが、それ自体はむしろ積極的に「幸せ」から遠ざかり「不幸である自分」を作りやすい行動になってしまいます。

お金が無いことは不幸の原因になるが、お金があれば幸せになるわけではない

先の項目でも触れたとおり、「お金」は、資本主義の世界に生きる私たちにとって、誰もが考える、そして、わかりやすい「幸せになる方法」だと思われがちです。しかし、「お金」とは、不幸になることは防げるかもしれないけれど、お金そのものが幸せにしてくれるわけではない、というのが実際でしょう。

お金があれば、病気が治ります。

お金があれば、たくさんのモノを購入することができます。

お金があれば、みんながチヤホヤしてくれるでしょう。

お金があれば、おいしい食べ物をなんでも、たくさん食べることができます。

お金があれば、時には人の心を買えることも、もしかしたらあるのかもしれません。

一見するとお金があれば幸せそうですね、実際に「お金」というものは、幸せになるための近道なのかもしれませんが、これらの「お金があれば」を見ていくと「お金」そのものが人を幸せにしているわけではない点に気づきませんか?

上記に書いたように、人間を幸せにしているのは「お金」そのものではなく、「お金によって購入することができるもの」。お金ではないそれらが人間の不幸を防ぎ、また、モノによっては幸せにしてくれます。資本主義の世界に生きている21世紀の人類にとっては、「お金」は大事なもの。お金が無いことは不幸の原因となり、お金を持つことはその不幸を回避することができます。

確かに、お金があれば「不幸」にはなりにくく、「幸せ」になるための何かを求めやすいですが、それはあくまでも「手段」の問題であって、お金そのものが幸せを運んではきません。

「お金があることが幸せである」という考え方では、前述の項でも述べたとおり、世界長者番付に載ることができない私たち全てが「貧しく」「不幸である」ということになってしまいます。極端な話、おそらくこの記事を読む全ての人間が(たった一人を除いて)不幸なのですが、安心してください。長者番付の頂点に立ったことのある人間でない限りは、その「幸せ」は誰にも認識することはできません。もし人間にとっての「幸せ」がすなわち「お金」であるのだとしたら、「お金がある人の幸せ」は永遠に誰も知ることができないのです。

いまの自分が持つ幸せを無視しない

幸せになるための方法の最初の2つでは、「人と比較することでは、永遠に満たされない」、「お金そのものが人を幸せにするわけではない」ということが述べられました。2つに共通していることは、「自分にとっての幸せが、何であるのか?」という事と、「(幸せや不幸な状態について)認識すること、が幸せに過ごせるかどうかを左右する」という点です。

いまの自分にとって何が幸せであるのか?

いまの自分が持つ幸せを無視しないということは、「いま何のおかげで幸せであるか?」「これから何があれば幸せになるか?」という幸せな状態を保つための2つヒントを考えることにつながります。現在を認識して、未来を考えることはとても生産的な行動となり、今の自分の現在地から、自分にとって幸せになりやすい方向へ向かって、目的地を描くことができます。

ここで描いた「幸せになる方向」や「目的地」は、最初に触れた「他人と比較して、永遠に満たされない上を目指す」ということとは異なる意味をもつはずです。だって、自分がなぜ幸せなのか?どうしたら幸せなのかを自分で考え、すでに知っているのですから。それは「他人がこうであるから」という外的要因に左右される幸せではなく、「自分がこうしたいから」という内的で自己に起因する「幸せ」となるはずです。

自分にとっての幸せが何かを考え、近づいていく

「幸せ」について、「自分にとって何が幸せであるのか?」が認識できたのであれば、その幸せに向かって近づいていくことそれ自体が人間を幸せにします。

未来は現在の延長線上にあり、「幸せ」を「何かを達成した状態」ではなく、「何が幸せかを考えて、それに向かっている状態」であると考えれば、永遠に満たされない頂点を見比べ続けることも無くなります。幸せが、何かを達成した状態ではなく、向かっていることそれ自体が幸せであるとすれば、それは「ある一瞬のみに満たされ」「不意に変化してしまうもの」では無くなるからです。

子供の頃、遠足の前日はワクワクして眠れませんでしたか?「楽しい遠足」は、「目的地に着いた瞬間や状態が楽しい」のではなく、「そこに向かっている状態が楽しい(幸せ)」のではなかったでしょうか?

言ってみれば、「幸せになろうとしている状態」が「≒幸せな状態」であり、それを放棄することはすなわち不幸となるわけです。幸せになろうと考えることを避け、幸せになろうとしなければ、それはもちろん不幸になりますよね。

生活を見直す

ここまでに、世の中に溢れる「幸せになる方法」に共通するポイントをまとめましたが、残りの2つは昔から言われている、ごくありふれたことになっていきます。

「(自分にとって)何が幸せになのか?」、そして「幸せに向かっている状態」に辿り着くことができたのならば、それは既に幸せな状態と言える訳です。

では、あとはそれが実現しやすいようにするためのありふれた小さな努力を重ねていくだけです。

もし貴方が現在「不幸である」とするのなら、最初にするべきことは、睡眠時間をとる栄養をとる部屋を掃除する規則正しい生活する外に出て空気を吸う人と話す、といった「生活を見直す」ことが最初の一歩になってくるはずです。

まだ自分が幼い頃に、母親、父親、教師、学校、社会が口をすっぱくしてうるさく言っていたこれらは、確かに医学的にもその効果が保障されている方法の1つでもあります。世の中には、様々な事情からそれが難しいというタイプの人間もいますが、なにも「真人間」になることが幸せをもたらすのではなく、(確かに真人間は幸せになりやすいのでしょうが)、生活を見直してみることで「幸せな状態」に向かって少しづつ変えていくことが大切なのかもしれません。それは、誰でも、どんな人間でも、最も簡単に「幸せへと向かう行動」が取れるということを表しています。

感情に振り回されない

笑い、怒り、憤り、不平不満、変なこだわり、過度な期待、何かをコントロールしたい気持ち、元恋人への想い、人を許せない気持ち。人間の感情には数限りない種類のものがありますが、おそらく、世の中のたいていの悩みはこうした感情に基づくものです。

時には人を感動させ、多くの人間の心を動かすこともある「感情」や「感性」ですが、感情をコントロールすることができずに振り回されてしまうことは、ブレーキが壊れてアクセルを踏み込む暴走車に似ています。せっかく幸せに向かっている状態をつくれたとしても、感情をコントロールすることができずに不幸へと舞い戻ってしまっては元も子もありません。感情と感性をうまくコントロールして、パワフルに、闊達で奔放に生きることと、感情に振り回されてあっちこっちへとアクセル全開で突っ込んでいくことは異なるはずです。

他人をコントロールすることは難しいですが、自分をコントロールすることはそれよりもずっと簡単なはず。どうせ自分の車であるのなら、自分で運転してドライブを楽しみたいですよね。

統計額と医学が解く「幸せになるための方法」

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世界各地の110万人のデータ検討による1996年の研究では、およそ2割の人間が「とても幸福である」と答え、約7割の人が「かなり幸福」あるいは「それ以上」と答えています。ある一定の水準以上に裕福な先進諸国では、「経済的な裕福さ」と「幸福感」の間には、データとしての関連性が見られなくなる、という研究。統計学的に見て、幸福感に大きな影響を与えているのは、「婚姻状況(未婚/既婚/離婚の違い)」と「信仰心」であり、世界14ヶ国の16万人超を対象にした国際研究からは、「幸福である」と答えた人の割合は、信仰心があつく、礼拝や儀式にもよく参加する人のほうが高かったというデータがあります。

統計データによって明らかになったことは、「幸福感を決定づけるのは、客観的な環境条件ではなく、個人の内的特徴(「信仰心」や「ものの考え方」など)である」ということが言われています。

幸福感を持っている人には、4つの共通する特徴があり、

  • 自分自身のことが好きであること、
  • 主体的に生きているという感覚を持てていること
  • 楽観的であること
  • 外向的であること

…といった特徴を持ち、また、精神医学の世界においても、「人間は積極的に価値ある活動に参加し、自分自身のゴールを目指して前進するときに、より多くの幸福感を感じることができる」と言われています。

幸福感を感じる脳内物質セロトニン

脳内の伝達物質のなかには「幸福感を運ぶ」とされるものが存在します。それが「セロトニン」です。

「幸せホルモン」などとも呼ばれ、大脳皮質に作用して、「脳を最適な覚醒状態にする」「心の領域に影響を与えて、心のバランスを整える」「自律神経のバランスを整える」「姿勢筋の働きを良くする」「痛みの調節」といった役割が明らかになっています。現代では、このセロトニンの生成を促すことによってうつ病や神経症の治療に役立てています。

また、似たような脳内物質に「アドレナリン」「ドーパミン」といったものがあり、同じくうつ病や気分障害の治療に役立てられています。

「アドレナリンが全開になる」という表現があるように、これらの脳内物質は、「運動をする」「特定の食物の摂取」「日光を浴びる」といった簡単な行動によって生成を促すことができます。よく、気分の落ち込んだときに運動に出かけたり、肉を食べたりすると良い、と言われるのは、つまるところ、こうした脳内物質の生成を促す行動を取れ、ということになります。

「感謝」と「親切」は、幸福感に作用することが実験で証明されている

「人に感謝しなさい」、「人に親切にしなさい」など、家庭や学校でうるさく教えることなかには、医学的な根拠が成立しているものもあります。ある特定のグループに分けて「感謝」と「親切」についての効用を実験した内容が、こうした「道徳観」によって幸せが得られることを証左しています。

感謝介入法
人を3つのグループに分け、それぞれのグループに次のようなことを課題として与える。

第1グループ「最近1週間のうちに感謝したこと」
第2グループ「最近1週間のうちに面倒に思えたこと」
第3グループ「最近1週間のうちに起こった出来事」

9週間後の調査では、「感謝したことを記録しつづけたグループ」が最も幸福感が高くなり、他のグループに比べて健康状態も良好である、という結果となった。

親切介入法
人を2つのグループに分けて、それぞれのグループに次のようなことを課題として与える。

第1グループ「誰かに親切を行なって、かつ、それを記録する」
第2グループ「特には親切は行わせない」

4週間後の調査では、誰かに親切を行い、それを記録したグループのほうが幸福感が高かった。

アドラー心理学による「幸せになるための方法」

アドラー心理学においては、「幸せになるための方法」として下記の3つが挙げられています。

  • 他者信頼(他人を無条件で信じてあげること)
  • 他者貢献(他人に貢献すること、必要とされること)
  • 自己受容(自分に価値があると受け入れること)

人を信じる」「人のためになることをする」「自分に価値があると思える」こうした、ごくありふれた「道徳の時間」にも語られるような内容は、医学的・統計的にもある程度証明されている「幸せになるための方法」でもあり、また、同時に古くから民間伝承や戒め、習慣的に「こうしなさい」と言われていることでもあります。

必ずしも「(愚直に)道徳的であること」が幸せを保証するわけではありませんが、そうすることによって幸せになる確立を高めやすく、また、幸福感を得やすい、ということが現代の実験で証明されています。

まとめ・この記事に辿り着いた幸せではない人へ

ここに書いた方法は、世に言われている「幸せになるための方法」をまとめたものです。

実際に、これを書いた筆者本人が、現在幸せであるかどうかと聞かれれば、自分でもわかりませんし、ここにある方法をとることで幸せになれるのか?と言われれば、それに答えることは誰にもできません。しかし、「どうすれば幸せになれるのか?」「幸せになりたい」と願い、その方法を求めて辿り着いた何人かの貴方にとっては、ここに書いたことは1つの「きっかけ」や「ヒント」、そして「アイディア」になるのかもしれません。

何を言っているんだと変わらず過ごすのも幸せでしょうし、そうなのかもと何かを思ってコトをはじめてみるのも幸せです。

貴方にとっての「幸せ」とはなんでしょうか?

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